福島訪問⑤「後世につなぐ責任」
福島~西宮つながるプロジェクト担当、銭谷です。
え、もう11月…!
時間の流れの速さに驚いている所ですが、今日で福島訪問からちょうど1カ月が経ちました。
訪問ブログ第5回目は、「後世につなぐ責任」。
突然ですがみなさんは、今いる地域やふるさとを誰かに伝えるとしたら何について話しますか?
私は近頃、人から出身地のことを聞かれる機会が増えました。
おすすめの食べ物や景色は少しずつ紹介できるようになりましたが、
福島の方々が「地域の歴史や震災を語る」姿を見て、私にはできないと思い危機感を持ちました。
今回ご紹介するのは、二本松市にある福島県指定重要文化財の隠津島(おきつしま)神社です。
この日は東京の学生さん3名と合流し、農家民宿「遊雲の里」菅野正寿さんに案内していただきました。
隠津島神社は、なんと1252年前に作られた神社で今でも地域の皆さんが初詣に訪れる所だそうです。
ここで最も印象に残っているのは、石碑です。
この石碑には、今から約240年前に起こった天明の大飢饉の事が刻まれています。
はじめに聞いた時は、
天明の大飢饉…?日本史で何個か覚えた飢饉の1つか…そう思ってしまいました。
ですが実際に見てみると、自分とは遠いと思っていた出来事が急に近くに感じられました。
不思議ですね。
天明の大飢饉は冷害や干ばつが原因で6年の間、食料に苦しみました。
石碑は人々が経験した苦難を風化させない為に、飢饉が起こった3年後に作られました。
ここには【常に非常時に備えなさい】という日ごろの備えの大切さが刻まれています。
(詳細:米の値段が3倍に膨れ上がっていた。柿皮までも食料として取引されていた。など)
隠津島神社の頂上にある、樹齢800年以上の木。
この巨大な木を支え続けている山の力強さも感じました。
最近大学の授業で、海外の人からすれば西宮も大阪も福島も「JAPAN」。原発事故も、すべて日本にいる私たちの問題だと言われ、ハッとしました。
自分とは関係ないと感じるニュースや問題は沢山あります。恥ずかしながら今の私は自分の生活(卒業論文や勉強など)でキツキツな状況です…。
ですが福島の方々が、私たちを迎え入れ、震災の事を語ってくれたのには理由があると思います。
そして私にも、歴史を後世につなぐ責任があるのだと感じました。
ますは、福島~西宮つながるプロジェクトを通して出来る事を探していきたいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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